脇見恐怖症について調べていた時に、対人恐怖症について、社交不安との違いなど面白いなと思ったことをまとめてみようと思います。
目次
対人恐怖症とは
他人と同席する場面で、不当に強い不安と精神的緊張が生じ、そのために他人に軽蔑されるのではないか、嫌がられるのではないかと案じ、対人関係から身を退こうとする神経症の一型ー新版精神医学事典1993
対人恐怖症はしばしば社交不安症と並べられますが、文化的に欧米と比べて社交不安の強い日本では独自に対人恐怖症の分類が発展していると考えられています。
対人恐怖自体は神経症的ではありますが、「他人に嫌がられるのではないか」程度であれば、神経症的と言えるでしょうが、「不快にさせているのではないか」など関係念慮的になってくると、神経症の域から外れるものもあると思われます。不快にさせている、というのには、例えば自己臭恐怖(自分から不快な匂いが出ているのではないか)、自己視線恐怖(自分の視線がきつくて嫌な思いをさせているのではないか)、などが含まれます。これらは対人恐怖に分類されますが、いわゆる不安症群とは少し病態が違っているようにも思われます。そこで次にDSMとICDの診断分類を復習します。
診断名としての位置づけ
以下に、対人恐怖に含まれる病態がそれぞれの診断分類で当てはまる部分を抜き出してみました。
DSM-5不安症群>社交不安症強迫症群>醜形恐怖症、その他(自己臭恐怖)※文化結合症候群
ICD-10F22.0妄想性障害>自己視線恐怖、自己臭恐怖F40.1社会恐怖症(赤面恐怖症、対人恐怖症) 嘔吐恐怖などF45.2心気障害>醜形恐怖性障害
このように、複数の診断分類にまたがっていることが分かります。対人恐怖については文化的なところが大きく関わっているため、欧米で作られた上記の診断分類では別に分類されるが、日本では一群としてとらえられている、という部分があるのではないでしょうか。
対人恐怖の特徴
山下(1982)は対人恐怖の特徴を以下の5つと捉えています
1.対人性をもつ欠点の存在:相手に不快・緊張感を与える欠点の自己認識
2.確信性:その欠点の存在を強固に確信
3.関係妄想性:その欠点を相手の所作や行動から直感的に感じ取る
4.妄想体験の局限性:この妄想体験は一定の状況内に止まり、それ以上発展しない
5.了解性:生育歴や性格、状況要因から症状形成が了解的に把握可能
このように、社交不安症と違い対人恐怖は限局した妄想性を帯びたものとして定義されることが多いです。「自己の身体部分の感覚や機能が病的に異常であると妄想的に確信するが故に、自己の無能さが人前に曝け出されることに恐怖や不安を覚え、たとえ不合理であるという自覚があっても対人関係を回避する」(柴原、2007)のです。
対人恐怖の分類ー笠原ら
笠原らは対人恐怖を
第1群 青春期に一時的に見られるもの
第2群 恐怖症段階に留まるもの
第3群 関係妄想性を帯びているもの
第4群 前統合失調症症状にみられるもの
の4つにわけています。
第1群は思春期心性と呼ばれ、正常発達の延長で見られる正常な対人関係の葛藤だと思われます。第2群は不安症群に分類されるような神経症圏の病態。第3群、第4群は神経症とは言い難い、妄想性障害や統合失調症に近い病態だと思われます。
対人恐怖の分類ー鍋田
鍋田 (1997)は神経症性の対人恐怖を・単純型・恐怖 ・強迫型とに分けています。
単純型とは、「いわゆる恥ずかしがり、 はにかみ屋、 といわれる人」であり、学童期ごろよりそのような傾向を示すと言われ、関係念慮や妄想傾向がほとんどないものです。
また、「緊張のために体に現れる症状を中心にしていることが多く、赤面、 書痙、表情のこわばり、人前での会食不能、人前での手の 震えなどの訴えが見られる。 」とされます。「恥ずかしさ、羞恥心が中心にあり、その場で期待される自分が演じ切れない不安が基本にあるものが多い」としています。
恐怖・強迫型については、「自分がどのように見られているか、どのように振舞えば受け入れられるのか、自分の納得した内容で相手に承認されているのか、 自分の 弱点や衝動などの側面が見透かされていないか」などの関係念慮的な訴えがあるとされます。そのため、他者の存在や、他者からの評価を気にかけ、強迫的にそのことを否定しようとして否定できずに苦悩しているタイプです。これは「他者との関係性の中で自分の存在や役割を決める傾向のあるわが国の代表的な神経症とされ、心理的には、羞恥心というよりは、対人不安あるいは強い困惑に強迫的な防衛が重なって、身動きのとれない状態に陥っているものと考えられる」としています。 背景には「自己愛の過剰や傷つき、あるいは見捨てられ不安や、激しいアンビバレンツなどが秘められており、 基本的な対人関係の形成そのものが障害されていることが多い」と述べています。
従来の診断基準に当てはめると、単純型は社交不安症に当てはまり、これはより一般的で、恐怖・強迫型については社交不安症の枠をはみ出て、そして日本でより特異的に存在する可能性があるのだと思われます。
対人恐怖の分類ー森田
対人恐怖はどのような症状があるか、およびどのようなものを恐れているかでいくつかに分類されることが一般的です。対人恐怖についての日本の研究の先駆者である森田正馬が勘案したと考えられます。
赤面恐怖
視線恐怖
酬形恐怖
吃音恐怖
体臭恐怖(=自己臭恐怖)
大衆恐怖
対人恐怖の時代的変遷
戦前から1970年にかけて対人恐怖の多くは赤面恐怖であり、その病理は恥の病理とされていました。(有名な森田正馬が森田神経症と名付けて治療を行っていた時代もこの時代)その後、赤面恐怖は減少し、自己視線恐怖が増加、病理は恥から「おびえ」に変化したと考えられています。(堀井、2011)
視線恐怖
視線恐怖について詳しくまとめます。
1.他者視線恐怖:他者の視線への不安
2.自己視線恐怖:自分の視線についての不安
3.脇見恐怖:視界に入る人や物を見てしまうことへの不安
視線恐怖は上記3つに分類されるとされています。(脇見恐怖は2の自己視線恐怖の一群と考えることもできます。)
対人恐怖症の中でも視線が主要な症状になることに関して鍋田(1997)は、自分の無力感などのネガティブな側面や自己主張の欲求や性的な願望・欲望のような本来備わっているものが見透かされる不安があると述べています。また、そこには見透かされることにより自己の評価を低迷させられる恐怖が存在しているという(福井, 2007)。
また、自己視線恐怖は自己の視線の加害性に焦点を当てており、「加害恐怖的」とも言われています。そして同時に、自己の視線(これは臭いであっても同じことだと思います)が相手に影響を与えているというのは、一種万能感に近い感覚を抱いているともいえると思います。これは、視線恐怖の患者が他者に対し、自分はどこかおかしいのではないか、と問うことがないこと(鈴木、1976)からも見て取れると思われます。鈴木によれば、「問題は病者のネガティヴな万能感にある。病者が万能感をもち,他方その万能性が,他者を害するという万能性で,そのため彼を多幸的にさせないで,反対に悩ませ」ているのです。
視線に関する不安に関連する心理尺度
Gaze Anxiety Rating Scale(GARS)
Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)
社交不安/対人恐怖評価尺度状況別対人不安尺度などがある
視線恐怖の治療
基本的には社交不安障害の治療に準じて考えていくのが良いのだと思います。
不安を減弱させるための薬物療法=SSRIやSNRI心理療法=多くの場合、認知行動療法上記二つが基本の治療方針となるかと思います。加えて病態が少し重い、つまりは自分の視線が他人を不快にさせていると「確信している」などの症状があれば、抗精神病薬が効くかもしれません。
心理療法について少し詳しく考えてみると、視線「恐怖」とつくくらいなので、恐怖症の治療と考えれば、視線を怖いと感じるという学習性の習慣を減弱させるような治療を行えばよいことになります。行動療法的な手続きになりますね。
また、上述したように、鍋田の言うように視線恐怖には「見透かされる不安」があったり、自己愛の傷つきや愛着の問題など、基本的な対人関係の形成自体に問題がある可能性があることも考える必要があると思います。そういった、単なる視線恐怖では片付けられない病態の方であれば、精神力動的な視点が必要になってくるかもしれません。また、自己視線恐怖や脇見恐怖であれば、自己の加害性との関連も挙げられており、そうなってくると、強迫症への心理療法も参考になるであろうと思います。
今回脇見恐怖症について相談を受けたことをきっかけに対人恐怖および視線恐怖について調べてみました。個人的な臨床経験ですが、視線恐怖を訴え、日常生活に支障が生じ、それを主訴として医療機関にやってくるのは大学生が多いように思います。中高生の間はある程度枠組みが決まっているのでなんとかなっていたが、大学に入り自由度が増してしまうと困ってしまった、というような方たちです。年代によって所属する場所が変わり、そして困っている症状も異なるというのはとても興味深いなと思うと同時に、治療者もその視点を忘れずに目の前の患者さんに対峙する必要があると改めて感じました。
参考文献
柴原直樹(2007). 対人恐怖症の精神力動 近畿福祉大学紀要J. Kinki Welf Vol.8 a 43~51
鈴木睦夫(1976). 対人恐怖症における対自と対他 京都大学教育学部紀要.
堀井俊章. (2011). 大学生における対人恐怖心性の時代的推移. 横浜国立大学教育人間科学部紀要. I (教育科学), 13, 149-156.
鍋田恭孝(1997)対人恐怖・醜形恐怖 : 「他者を恐れ・自らを嫌悪する病い」の心理と病理
山下格(1982). 対人恐怖の診断的位置づけ.臨床精神医学, 11 (7), 5-12
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